イタリアってどんな国なの?

イタリアの国旗と国土

 

イタリア共和国は、南ヨーロッパに位置する共和制国家。パックス・ロマーナ、ルネサンス、フランス革命、リソルジメント、ファシズム、鉛の時代…語り尽くせない激動の歴史を持つだけでなく、ファッション、グルメ、伝統工芸など世界屈指の文化的魅力を持つ国でもあります。このサイトは、そんな魅力満載の国の成り立ちを、歴史・文化・自然・政治・経済・社会などなどあらゆる面から学んでいくことを目的として運営しています。

 

 

イタリアの地理

イタリアの地理歴史

 

イタリアの国土は、地中海に大きく突き出たブーツ型のイタリア半島に加え、シチリア島、サルデーニャ島という2つの大きな島で構成されます。西をティレニア海、東をアドリア海、南をイオニア海に囲まれ、北部でアルプスを国境に、フランス、スイス、オーストリアと隣接しています。また域内には、バチカン市国とサンマリノ共和国という、ミニ国家が存在することでも知られます。

 

詳細はイタリアの地形的特徴の記事をご覧ください!

 

イタリアの気候

イタリアの気候は、おおむね地中海性気候(夏季に乾燥する)が支配的ですが、北部はやや大陸性気候(年中湿潤)よりです。また半島を南北に縦断するアペニン山脈により、ティレニア海側とアドリア海側で、微妙な気候の違いが生まれています。

 

詳細はイタリアの気候的特徴の記事をご覧ください!

 

イタリアの遺跡

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古代ローマ時代剣闘士試合が行なわれた「コロッセオ

 

イタリア・ローマ発祥の古代ローマ(前8世紀成立)は、史上初めてイタリア半島を統一した国家で、最盛期には地中海世界全域、じつに3大陸を股にかける勢力圏を形成していました。あらゆる西洋文化がこの時代に作られ、現ヨーロッパ諸国の歴史の端緒となりました。この国にはそんな時代を想起させる古代ローマ遺跡が多数残されています。

 

イタリアの建築

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ヴェネツィアの「ドゥカーレ宮殿

 

イタリアでは、ローマ建築(紀元前6世紀頃)、ルネサンス建築(1420年頃)、バロック建築(1590年頃)など時代ごとに様々な建築様式が誕生しました。ローマ水道、コロッセオ、ドゥカーレ宮殿、サンタンブロージョ教会、パンテオン、サン・ピエトロ大聖堂、ピサの斜塔など世界的に有名な歴史的建築物を国内各地で見ることができます。

 

詳細はイタリアの家(建築)の特徴とは?の記事をご覧ください!

 

イタリアの音楽

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ヴェネツィアのオペラハウス「フェニーチェ劇場

 

オペラといえば、ダンスや歌、演技に舞台など様々な要素を組み合わせた総合芸術。イタリアはその発祥の地でもあります。イタリア音楽の中心地ナポリは、現役最古のオペラハウスサン・カルロ劇場がある場所で、「ナポリ学派」と呼ばれるナポリを中心に活躍したオペラ作曲家を輩出しました。

 

詳細はイタリアにおけるオペラの歴史の記事をご覧ください!

 

イタリアの山

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イタリア北の国境を成す「アルプス山脈

 

イタリアは国土の4割をアルプス山脈、アペニン山脈を中心とした山岳地帯が占めています。山々の美しい自然を楽しみながら行なうハイキング、ツーリングが人気です。またイタリアに走るアルプス山脈、アペニン山脈は、この国の気候形成に大きく影響しています。

 

詳細はイタリアの山カテゴリをご覧ください!

 

イタリアの食文化

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多種多様なイタリア料理

 

イタリア料理・通称「イタ飯」は、日本でも大変人気のある海外料理の1つ。一口にイタリア料理といっても、本場イタリアには地域ごとの気候・風土にあった多種多様な料理が存在します。魚介、野菜、果物など様々な食材を用いた、栄養バランスに優れる地中海食の1つです。

 

詳細はイタリアの郷土料理カテゴリをご覧ください!

 

イタリアの街並み

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街全体が世界遺産に登録されている「フィレンツェ歴史地区

 

イタリアの住宅は耐久性に優れる石造りであり、築数百年という家が珍しくありません。昔のままの姿を保った街並みが多く、そこに入るとあたかもタイムスリップしたかのような錯覚を感じることができます。フィレンツェの中心部には古代から中世にかけ建てられた建築物が多く保存されており、街そのものが「屋根のない博物館」と呼ばれています。

 

イタリアの宗教

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カトリックの総本山・バチカン市国の「サン・ピエトロ広場

 

イタリア・ローマ市内の領域に存在し、国そのものが世界遺産というバチカン市国は、キリスト教カトリック派の総本山。中世から近代にかけて、イタリアに一大拠点を築き繁栄していた教皇国の流れをくんでいます。そのためイタリア文化へのカトリック教の影響は、他のどのキリスト教国よりも強いのです。

 

詳細はイタリアで信仰されている宗教の種類の記事をご覧ください!

 

イタリアの歴史

イタリアは中世以降、各地で都市国家が成立し、ヨーロッパとアジアの中継地として商業的成功を治めたほか、ルネサンス文化の中心地として大いに繁栄しました。しかし大航海時代の幕開けで、地中海の価値が相対的に下がったことで衰退。以後イタリアの支配権を巡り、スペインやフランスなどヨーロッパの大国同士が争う、不安定な地域になりました。

 

しかしやがてピエモンテ地方を本拠とするイタリア系のサルデーニャ王国が勢力を拡大し、イタリア統一運動を主導します。そして19世紀中期には、独立戦争を仕掛け、外国支配下のイタリア諸都市を次々自国に併合。1860年にはシチリア島を支配下に治め、にイタリア統一を完成させ、翌61年、古代ローマ以来初となるイタリア文化圏の統一国家、イタリア王国が成立しました。

 

イタリア王国は軍需と重工業の発展により、経済的飛躍を見せましたが、第一次世界大戦参戦にともなう疲弊で、深刻な不況に見舞われます。これにより「ファシズム」が台頭し、1922年のローマ進軍でファシスト党のムッソリーニが政権をとります。

 

ムッソリーニは第二次世界大戦で指揮を執りましたが、戦況は年々悪化し、最終的にイタリア上陸を果たした連合国と、国内の反対勢力により政権は崩壊に追い込まれ、自身も処刑されます。サヴォイア王家はファシストに加担したとして国民の不信を買いました。そして終戦後1946年6月王制存続の可否を問う国民投票が行なわれた結果、僅差で王制廃止が決定し、共和制が採択され、現在に続くイタリア共和国が誕生したのです。

 

詳細はイタリアの歴史カテゴリをご覧ください!